【聞いて極楽見て地獄】

  カルタには花魁の姿が描かれています．ご存じのように江戸時代，地獄とは，非合法
売春宿を指す隠語でした．
  極楽にいるような，すばらしいお店だったと聞いて，行って見たら，やっぱり地獄
だった．あん畜生，人を担ぎやがって，何が極楽だ．とまあ，こんな話なのです．
  勿論，もっと普遍的な解釈もあります．農村から売られて来た娘が．綺麗な着物が
着れる，美味しい物が食べられる．そう聞いて極楽だと思っていたら，実際に見る廓は
地獄だったと．期待と現実のギャップを表すコトワザとして現在も良く使われます．
「追われゆく坑夫」（上野英信，岩波新書）には，数々の悲惨な零細炭坑の様子が取材
されていました．それはまるで地獄部屋なのですが，どうして坑夫たちは，家財道具を
売り尽くし，身動き出来なくなるまで，そのような炭坑で働いていたのかが疑問に思え
ます．会社を退職することも，逃げ出すことも，実際には可能だったのです．
  その分けは就職前に提示される条件が，見かけ上良いからです．そして当初の２ケ月
程度は良い条件で給料が支払われます，その後遅配，米支給，と会社が苦しいことを
理由に，次第に労働条件が悪化して行くのです．偽装倒産もあったようです．
  最初の成功体験と会社への恩義から，素直な労働者は歯を食いしばって頑張ります．
その内に，資産が無くなり，身動きが取れなくなります．血を売った人は筑豊から福岡
まで，徒歩で行っていたのです．電車賃が無いからです．
  ここまで赤貧になると，より良い条件があると，そこが現在の炭坑より，もっとイン
チキらしいと感じても，一縷の希望にすがって，スカウトされて行く分けです．ちゃん
とした会社は月給制で，たとえ就職できても，最初の一月間が，しのげないのです．
  条件も高齢者には不利でした．しかたなく目先の悪い炭坑に入ってしまう．そんな
悪循環の話でした．ストレス解消は，飲む，打つ，買うで行われます．
  博打場は，少ない給料で働く坑夫の収入を完全に吸い上げ，身動き出来なくするため
の，重要な施設でした．そして，たまに大勝ちした人を足止めする手段が廓でした．
地獄に落ちた者同士が慰め合う構図の廓．刹那の極楽が存在したのでしょうか？
それとも，廓に幼馴染みを発見し，地獄を見た人がいたのでしょうか？

【義理と褌】

  いやいやかるたでは「義理と褌かかねばならぬ」とあります．
  語呂合わせの面白い表現です．カルタの絵は，男が自分の褌を鼻に近づけ臭いを嗅ご
うとしている図です．褌の臭いを「嗅ぐ」と義理を「欠く」を掛け合わせてあるのです
から，滑稽です．否定と肯定の混線が実に愉快です．
  古い形は「義理と褌欠かされぬ」でした．義理も褌も欠かしてはならない．それは
そうでしょう．その内に「欠かされぬ」の表現が，新しく「ねばならぬ」に置き換え
られて，元の意味が消えた代わりに，面白い語呂合わせが誕生した．そう解釈してい
ます．もう古い義理にうんざりしていた庶民の本音が聞こえるようです．
  義理と聞いて真先に思い出すのは，60年代後半にヒットした任侠映画です. 
「日本侠客伝」は高倉健主演．花田秀次郎の任侠を美化したものでした．それまで, 
恐ろしい特殊な人種と思っていた渡世人を主役にし, 一人で悪に立ち向かう西部劇仕立
てに, 忠臣蔵のモチーフ．日本人の感性をくすぐる作品でした. 
  ドスを一本右手に抱え，右肩を極端に下げた後ろ姿に，健さんの歌が流れます．
  「義理と人情を秤にかけりゃ  義理が重たい男の世界  積もり重ねた不幸の数を
    なんと詫びようか  おふくろに  せなで泣いてる  唐獅子牡丹」
  東大の学園祭に採用された標語がその頃の流行を代表するものでした. 
「とめてくれるな  おっかさん  背中のいちょうが  泣いている」
  反帝, 反スタのﾀﾃ看が林立するキャンパスに高倉健の歌が似合いました. 
  一方の褌は, お相撲さん以外利用しないものになりました. 
  私は, 子供の頃, 六尺褌の締め方を教わり, それをして海水浴に興じていました. 
  フカに襲われたら, 長く褌を流して敵より, こちらが大きいように見せると助かるの
だと, 教えられました. 下着であり手拭いでもある褌は, 中々良いものです. 
  その褌も, 戦後早い時期にパンツに取って代わられ, 日本男児たるもの, 義理も褌も
欠く時代に突入しました. そんな時代に逆らうように, 褌礼讃論者が登場しました．
  三島由紀夫です．昭和45年, 市ヶ谷の自衛隊本部に立てこもり, 日本精神の復興を
叫んで切腹した事件は衝撃でした. 義理と褌の終わりを象徴するような出来事でした. 

【鬼神に横道なし】

  「鬼の系譜」（中村光行，五月書房,1993 ）という書物があります．我が愛しの鬼
たちと副題にある通り，筆者の鬼への思い入れは相当なものです．古典, 民話に登場
する数々の鬼の生態を紹介されていました. 
  「御伽草子」に怪物退治のひとつ, 大江山の酒顛童子のお話があります. 童子とは
ワラベですが, 音読みすると, 罪に処せられた奴隷の意になるそうです. 童の字の上, 
「立」は辛いの略字. 「里」は重いの略字と考えられ, 鉱山の辛い重労働に使役された
人々を童子と呼んだというのです. 大江山には, 今も非鉄金属の鉱山があります. 
  茨木童子は, 酒顛童子の子分ですが, 後に京都の羅生門の鬼となります. 渡辺綱が
片腕を切り落とすのは茨木童子の方です. 
  ところで, 源頼光が大江山へ鬼退治に行く際に用意したお酒があります. 神便鬼毒酒
と言い, 人間が飲むと勇気百倍の妙薬となり, 鬼が飲むと飛行自在の力も失せ, 切られ
ても, 突かれても分からない. 誠にアンフェアーなお酒です. これを大江山の山中で
授けた三人の老人がいます. 一人は八幡の神，一人は住吉の神, 一人は熊野の神の化身
でした. これだけの, ありったけの神様の援護をもらいながら人間軍団は鬼退治に行く
分けです. 
  昨今「鬼ころし」という銘柄のお酒があります. この名は江戸時代, 辛くて強い安酒
の一般名称であったそうです．肉体労働者, あるいは, 貧民が嗜んだお酒だったので
しょう. さしずめ二級焼酎の部類を指す名称だった分けです. それが, いつしか鬼でも
酔っぱらう良い酒の意味にとられ, お酒のブランドになったとの事です. 
  酒顛童子が山で登場する場面は, 極めて残虐です. 二人の鬼が描かれ, 一人は大きな
杯を両手で差し出し, 酒を注いでもらうポーズ. もう一人は, まな板の上にある女性の
大腿部をスライスして, 口へ運ぼうとしている図. 鬼は人肉を食すると信じられていた
のです. それを想像したのは, 人間です. 上記の本よりクライマックスを引用します. 
「勇者たちは鬼を真似て, 鬼の信頼を買う必要にせまられた。鬼と共に、都から
かどわかされた娘の腿肉を食したのである。人肉を食す一行を見て、酒顛童子は同類と
信じ、こころを許した。断末魔の、かれの台詞は哀しい。
『鬼に横道なきものを�繙縺x」