【屁をひって尻つぼめる】

 解説のしにくい札に回ってきました．屁をひっておいてから，尻をつぼめても，もう
遅いわけで小人が，何も考えず放言する事を戒めたことわざです．
  極めて直接的なせいか，現代になじまない用語で固められているせいか，今日この
ことわざを耳にする事は無いでしょう．
「イタチの最後っ屁」というのがあります．万事極まった状況で，飛んでもない一手に
出る弱い物の逆襲．スカンクのそれは死ぬほどのダメージを与えるそうです．
  人間のそれは，マナーに属する程度のもので実害は無い．西洋ではマナーにも反しな
いとどこかで聞いた事があります．かつて花のパリやロンドンの悪臭は屁なぞを語る
余地なき程の壮絶なものであったようです．そのお陰で香水文化が開花し，シャネルを
はじめ女性の求めるパリブランドが栄えた訳です．
  その意味で我が国で，同時代にこのようなことわざが生まれた事は，衛生面での都市
機能が充実していた事を意味します．お風呂に入る習慣が定着していました．
  上水道が神田上水を始め完備していた事はつとに有名ですが，長屋に於ける下水道も
各家の前にどぶ板があって，その下を流れて行く機構になっていました．
  糞尿は，近くの農家が買い取り堆肥の原料に供されました．大家さんから見て全く
家賃を払わない店子でも，排泄物を得て売れる為何とかなったとも言われています．
  無機肥料が無かった時代，堆肥は極めて貴重な肥料でした．農家の人が肥桶を担いで
歩く姿が子供の頃見られました．ひやかして遊びましたが，物を知らぬ子供のあさはか
さでした．田畑から，堆肥が姿を消し，無機農薬と化学肥料漬けの農業が一般化して
農業はこぎれいになりました．その反面どじょうや田螺が死に，ほたるが消え，こうの
とりが絶滅しました．
  花魁が屁をひっておきながら，カムロのせいにして，カムロの頭を叩くという小話が
あります．屁は誰が犯人かを特定しずらいのを良い事にして，弱い物に罪をなすり
つける愚を笑ったのです．
  申し出る必要は無いでしょうが，潔く自分のそそうであると認める人が少ないの
は昔も今も変わりませんね．

【下手の長談義】

丁度私の書き込みのような．と思わせる適切この上ないことわざです．解説も何も
そのものずばり．簡潔にして要領を得た話には，なかなか出会え無いものです．それで
イライラする人が余程多かったと見えます．
  それでも苦痛を伴う長い話は，最近減りました．若い人を中心に他人を楽しませる
工夫が進んでいます．パフォーマンスと言うのでしょうか，発表内容より飾りつけに
凝った物が多いように感じます．
  たまに出会う，長談義は結婚式のスピーチ．叔父さん族がどうでも良い説教を延々と
続ける．ご指名で，やむを得ず立つのでしょうが，いかにも話方の訓練を受けた事の
ない人が，まわりくどくやっています．
  世の中には名演説と言われるものが沢山ありますが，本当に心を打つ物は非常に短い
センテンスに込められているように思います．

  大仏次郎の小説「パリ燃ゆ」の冒頭．市民グループのバリケードが次々に陥落し
最後の戦いを勇敢に戦い抜いたのは一人の少年であったと言います．それもとうとう
陥落して大人と一緒に逮捕され銃殺されようとした時，少年が，こう言います．
  「10分だけ待って欲しい．僕が死んだらお母さんはたった一人になってしまう．
すぐそこが僕の家だ．お母さんに僕の形見を渡して来る間，どうか待っていて欲しい」
  包囲していた兵隊は，子供の事だしと不憫に思って，銃殺の場から少年を開放して
やった．そして，予定通り大人達の銃殺を実行した．
  すると，まさかと思う出来事が起こった．きっかり10分後，硝煙の中をさっきの少年
が帰って来たのだ．
「僕，帰って来たよ．さあ．」

  1848年のフランスで実際に起こった出来事を歴史家はこのように記録しています. 
そこには, 市民の団結の尊さが少年の心深く浸透していた事, 戦った同士と共に死ぬ事
に誇りを持っていた事, 母親への別れを果たし, 信念に従って, 堂々と戻って来た事
など，あらゆる解説を超越した，行動の重さが凝縮しています．
 この少年の言葉は, 短くとも胸にぐさっと刺さる言葉でした.