【ノルマン・コンクェスト】　

　1066年の始め、エドワード懺悔王が亡くなった。彼には息子がおらず後継者が
決まっていなかった。折しもハレー彗星が現れ、人々は不吉な兆候に違いないと
受けとめた。
　まもなく王妃の兄、ハロルド・ゴドウィンソンが自分が王になると宣言した。
　だが、北フランスのノルマンディ公ウィリアムが腹を立て私こそ次の国王だと
反論した。この混乱に乗じノルウェーのハラール苛烈王が英国征服に乗り出した。
　9月になり、ハラール苛烈王は北方から英国に攻め入り、ハロルドが差し向け
た英国軍との戦いが起きた。このスタンフォード・ブリッジの戦闘で英国軍は
善戦しハラール王は戦死した。ハロルドは晴れて英国の王位に就くことができた。
　しかしその数週間後、風待ちをしていたフランス陸海軍に絶好の風が吹いた。
　英国の防衛軍は、冬が近く春までは敵の上陸はないだろうと予想して故郷に
帰ってしまっていた。そんな手薄な南方海岸にフランス軍はやすやすと上陸し、
ロンドンの南東、ヘイスティングまで攻め上がり、ここで英国軍と遭遇し戦いが
起きた。先のノルウェーとの戦闘で疲弊していた英国軍は、フランス軍に敗退し
ハロルドは戦死した。こうしてノルマン・コンクェストが成功した。
　それがどれくらい大変なことだったのか、英国の歴史では劇的な変化点として
語り継がれている。200万人の英国人が、それまでの王様の意思とは無関係に、
異国の王が率いる2万〜3万人のノルマン人に支配されることになった。
　言葉も違い、別の世界観を持つ支配者は長く英国人とは結婚せず、全地方を
自分流で支配した。大規模かつ貪欲な征服が、実際はどんなものだったか、私は
始めて知った。まったく驚きの英国史の始まりだ。
　彼等は、モット(小山）を造り、ベイリー(外壁）を張り巡らせた「モット・
アンド・ベイリー」と呼ばれる城を数十年の間に英国全土で約1000カ所も作った。
　ロンドン塔やコルチェスター城(筆者の故郷の名所で、かつてはロンドンより
重要な都市だったらしい)はそうした遺跡の名残だ。
　狩りが大好きなノルマン公は「ノルマン人の森」を英国全土に指定した。
これが今も英国貴族階級が所有する広大な領地となって継続されて来た分けだ。
　なんと英国の森林や畑地を好きなだけ自分の狩り場に指定し、それまでそこに
いた住民は追い払った。森だけではなく農地も取り上げられ、家畜が草を食む
のも禁止された。もちろんそこで動物(鹿)を獲物にする輩がいれば厳罰に処され
た。エセックス州全土が狩り場に指定されたという。
　伝説の英雄ロビン・フットが森に棲んでいるのは、こんな被征服環境があった
かららしい。
　1087年にウィリアムの後を継いだエドワード二世(赤顔王)は、1100年8月、狩り
場で、狩猟仲間のウォルター・ティレルの矢に当たって死亡した。ティレルは王を
放置しフランスへ逃げた。同行していた王の弟ヘンリーも素早く姿を消し、王家の
財産を確保すると、翌日ロンドンで即位した。
　ヘンリーには兄がいた。ノルマンディ公国を与えられていたが、それでは不満
だった。ヘンリーはこの兄も殺している。しかも次男チャーチルも1081年に同じ
森で狩猟中の事故で死んでいた。4人いたウィリアムの息子は2人まで死んでいる。