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四人はなぜ死んだのか
インターネットで追跡する「毒入りカレー事件」
三好万季著 文藝春秋 1999.07.20
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文藝春秋平成10年11月号にPartⅠとして掲載された記事が第１章、翌平成11年2月に
掲載された現地取材記事が第２章になっている。文藝春秋読者賞受賞が決まったその後
の話が第３章になっていて、史上最年少での受賞をたたえる帯びがそれを伝えている。
いわく「朝日新聞『天声人語』で二日間にわたって大絶賛！」
そして裏表紙には選考委員渡辺淳一氏、よしこ櫻井氏の言葉がある。
わたしはこの論文を読んで目が覚まされる思いがした。何百人の警察や医師やマスコミ
の目より、一人の少女の目のほうがはるかに澄んで的確であった。（作家・渡辺淳一氏）
この書は十五歳の少女が書いた。しかし、舌を巻く調査力と、思い込みを思いっきり
排除した内容は圧倒的である。またフォローアップの行動力は、まばゆい程に好感が
持てる。（ジャーナリスト・櫻井よしこ氏）
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1998年7月25日(土)和歌山市園部地区の夏祭で起きた集団食中毒報道で始まった事件
は、意外な展開をしていった。
和歌山毒物カレー事件と呼ばれてから早いもので、10年8ヶ月の年月が経過した。
今も獄中で無実を主張しつづける林真須美被告は、はたして真犯人なのか？
目撃証言や不十分な物的証拠で、最高裁は一審、二審に続き死刑を確定することに
なるのか？私が裁判員なら怖くて結論が出せない。
この事件は一般に報道され世間の人びとが確証を抱いているほど単純な構図ではなく
冤罪である可能性を今も残している。
その原因を作ってしまったのは、この本で指摘されている和歌山保険所の誤判断や、
警察の検査ミスによる青酸原因説の先行、そして砒素原因説に切り替わったあと、
8月25日に保険金詐欺容疑をスッパ抜いた朝日新聞抜け駆け報道などにあった。
この報道のあと逮捕前の林家の周りには報道カメラが雲霞のごとく群がった。
警察の捜査はあせりに変わり、もうまともな捜査は期待できない状態になって
しまった。返す返すも残念なフライング報道だった。
それからは日本中の一般人が、みんな私立探偵になって犯人探しに参加した。
初めから犯人は分かっていて、どうやったら立証できるか、誰もが警察の捜査ぶりを
注視している有り様だったように思う。
マスコミもここぞとばかり視聴者ニーズに応えるべくカメラの放列を並べていた。
そんな状況にさらに石を投ずるようなセンセーショナルな雑誌記事が話題になった。
そんな本を、事件から10年8カ月たった今、手に取って読んでみることにした。
そしてもし、この後知恵が事件直後、実際に現場にいた人びとの中で閃いてくれて
いたらなあと、あとづけの救いを空想してみた。
運がよければ4人の死者は出なかったかも知れないし、林真寿美被告は死刑にならず
にすんだ可能性があった。なんとも辛いあと知恵指摘なのだが、思い込みとか報道の
怖さが、再確認できるばかりであった。
この本で取り上げられた主張が整理してあったので、以下に列挙しておこう。
１．事件当日、和歌山保険所は、患者たちの嘔吐と下痢を根拠とし、黄色ぶどう球菌
が熱に強く、激しい症状もあるという断片的な知識をもとに、予断に基づいて集団
「食中毒」であるという判断を下した。
２．事実は、黄色ぶどう球菌は熱に弱く、熱に強いのは黄色ぶどう球菌がつくる
エンテロトキシンという毒物である。
３．一般に細菌は、汚染後二時間位の適応期には、菌数はほとんど増加しない。
また黄色ぶどう球菌は、菌数が食品１グラム当たり百万を超えなければ、エンテロ
トキシンの生産を開始しない。
４．カレーが作られ、配備されるまでの経過を調べれば、汚染のチャンスは午後四時
～五時の一時間しかありえない。この間に汚染があったとしても、五時からの再加熱
を考慮すれば、エンテロトキシンの生産開始の前に、菌の増殖は止まり、死滅したと
考えられる。
５．黄色ぶどう球菌による食中毒状態は、少なくとも三十分とされている。ところが、
患者の発症はほとんど即時であった。これだけでも「食中毒」とは考えられない。
このような知識が和歌山保健所にあれば、食中毒ではなく、毒物疑惑が浮かび、初動の
治療も捜査も全く違っていたかもしれないという訳だ。
さらに次なる誤認が重なる。
ネットでアメリカの専門家に問い合わせた返信メールが7月31日に帰っていたそうだ
が、そこには砒素中毒の疑いが指摘されていた。
「急性中毒情報ファイル・第三版」をみれば症状から毒物を検索する早分かりカード
が掲載されているという。それによれば、真犯人は砒素だと判るそうだ。
そしてインターネットを使っていればさらに確実に砒素に行き着けたはずだと指摘
する。しかし当時の報道での原因物質は当初ずっと青酸であった。
医療機関が、改めて毒物特定の作業に着手しなかったのには訳がある。
亡くなった自治会長谷中さんの遺体に青酸反応があったと警察が報道したからだ。
そのため、事件発生から8日間も、原因毒物は青酸と報道され続けていた。
結局、警察内での偶然の出来事で砒素が原因物質であったことが判明したのだが、
これらの後手が、事件の真相究明だけでなく、患者さんの回復を著しく遅らせる治療
ミスをも生んでしまった。
以上が、この本でとり挙げられている骨子の論理だ。
私は、ここに警察の初動捜査ミスがあって、真犯人取り逃がしに繋がってしまったと
思っている。
当時新宿区立戸塚第一中学校３年生だった三好万季さんにも運命のいたづらは容赦なく
降りかかった。この本を書いてしまう宿題に翻弄されることになったからだ。
事件で亡くなった４人の中に鳥居幸(みゆき)さんという高校１年生の女の子がいた。
それを報道記事で知った万季ちゃんの父三好義光氏が、わが子を奪われたような憤り
を覚え、この事件の調査を詳細に進めたらしいことは、この本の内容からおよそ推察
することができる。
私も息子が小学生だった頃、いじめで自殺した子供の報道に接すると、わが子が事件に
巻き込まれたようなショックを受けたので、この心境は良く理解できる。
丁度その夏、中学生であった娘さんが夏休みの理科の宿題テーマを抱えていた。
「新聞紙面から理科に関係する記事を選び、研究を深めてレポートにまとめる」という
宿題だった。
記事を選ぶテーマは、理科であった。（帯びにある「科学に関する」ではなかった）
しかし、7月26日の日曜日報道では食中毒であった。これが理科のテーマだろうか。
私はこの段階では、まだ理科に関係する記事ではないと思うのだが、医者を志望して
いた娘さんには、食中毒もテーマに選ぶ理由となったのであろうか？
理科というキーワードと食中毒は結び付かない。この一点が私の疑問であった。
しかし、翌日、月曜日には報道が青酸中毒に切り替わっていた。
そして4人の死亡が伝えられた。
三好家で、どのような会話が交わされたのか知ることはできないが、父親が鳥居幸
さんの死に憤ったことから議論が深まっていったのは本文から見てほぼ間違いはない
だろう。それが日曜日であったとは考えにくい。
日曜日は、まだ食中毒と思われていたし、不幸な夏祭の事故でしかなかった。
しかし食中毒ではなく、青酸中毒で4人の尊い命が犯罪によって奪われたと判る26日
月曜の朝に、議論が発火したのだ思う。
ただし，あとで触れるが、青酸が原因だったのではない。
それからどこまで父親と娘さんの会話ができる時間があったのだろう。
この本では父は経営コンサルタントで、クライアントが自宅に来ているとあるので、
自営業で家にいて仕事をしている人と見ないと、どうも次の話が成立しない。
娘さんが、父親におねだりして高額の医学書２冊を購入したというくだりだ。
仮に父親が通常の勤め人だとすると、月曜日の朝、娘さんと会話を深めるほど余裕の
ある時間をもてない。
少なくとも日経朝刊を父親も娘さんも熟読し終わって、朝の出勤前の時間にふたりで
会話を深めていなければ、次の本文が成り立たないのだ。
娘さんはシャーロック・ホームズの小説で青酸中毒の症状を知っており、報道内容は
これに合致しないと感じたそうだ。
しかし報道内容を疑えるほどの情報が、被害者64人の症状に関してこんなに短時間で
整理できるとは到底思えない。時間を掛けて各紙の情報を集め、分析してから得た結論
と思われる。その作業のあとでなければ、父親に高い医学書をおねだりする理由を用意
することができない。だが通常の勤め人であれば、もうその時間帯には家にいない。
自営業で父親が家にいる前提に立って、青酸中毒を疑う結論を導く最初の推理は、
娘さんひとりではなく、父親と娘さんのふたりで行われていたと考えるのが合理的だ。
謎の会話がどのようにされたかは闇の中として、7月26日、娘さんは、コンサートへ
出かける途中、池袋の本屋に立ち寄り「急性中毒情報ファイル・第三版」と「救急医学」
という本を買ったという。
どれほど娘が本気モードになっていたとしても二冊で2万4千百二円もする医学書を、
この段階で買う許可を娘さんに出す父親は、まずいないだろう。
少なくとも帰宅後の会話があったあとでなければならない。電話で頼んだ様子もない。
私なら、図書館の利用を勧める。
この不合理を説明できる唯一の解は、父親が娘さんと池袋へ行き、自分でこれらの
本を選択してやり、購入したことしか見当たらない。
私にはこの最初の疑問点が明らかにできた段階で、この本全体の共同執筆者が父親で
あったことは疑う余地がなくなった。
困ったことに、父親は娘さんに夏休みの宿題で終わらせれば良いものを、文藝春秋に
持ち込ませてしまった。
娘さんに不純な動機はなく、すべて娘さんが書いたことも疑わないが、着眼点の全て
は、父親の経営コンサルタントによるものと見なければ私には到底納得できない。
文庫本にもなっているので、内容をさっと読み通していただくと、判ると思うが、
論理の組み立てや立証の細やかさから、職業人の匂いをキャッチできる。
大人たちがバカだったといえばそれまでだが、娘さんは、この本の原稿をひとりで
文藝春秋に持ち込んでしまった。自分が書いたのだと、娘さんは思っていたのだろう。
これを中学三年生の作品として文藝春秋が売り出してしまったから始末が悪くなった。
この原稿は文藝春秋誌平成10年11月号に掲載され、しかも文藝春秋読者賞を美智子
皇后陛下と分け合って受賞する栄華に浴してしまうことになった。
父親との共同執筆だとは、もはや発表不可能になってしまった。
あともどりのできない事態を招いてしまったのだ。
インターネット検索で、ひとりの少女が調査するだけで、誰も気づかなかった真の
加害者をあぶりだすことができたというのは実にショッキングなことだ。
たちまち天才少女が誕生してしまった。
食中毒とした和歌山保険所長の初動判断の間違い。青酸中毒と誤認した警察の初動
捜査での問題。実際は砒素中毒であると判るまで1週間もよけいな時間を使い、余計な
間違い医療を施していた医療機関。偶然砒素中毒だと判明するまで、誰も最初に亡く
なった自治会長の死因検査結果に注意を向けなかったこと。砒素解毒作用のある野菜を
見つけ、治療行為にも貢献したこと。数々の着眼点とその証明は、厚生省の下部機関、
警察、医療機関への批判に満ちており，いちいちもっともなものだった。
この本によって改善されたリスク対応も随分あっただろうと思われる。
娘さんは高校に進学されたようだが、一年生で退学したと自らホームページに書き
残して消息を絶っている。その後のネット記事を探すと18才までは日本におられた
ようだ。今はアメリカに留学されているのかもしれない。
この娘さんの現在を検索するのが目的ではないので、次に進みたい。
警察は10月4日別件の保険金詐欺と殺人未遂容疑で林健治・真寿美容疑者を逮捕
した。そうした最中、文藝春秋11月号が発売され、警察の青酸原因説が誤認であった
ことが世に問われることになってしまった。
保険所も医療機関も形無しだったに違いない。
警察は、早く世間の眼が犯人に集中し、再び警察や保険所や医療機関に向かわない
ことを強く願ったのではないだろうか。
そしてこの事件では検察も当初から共同で捜査に当たっていた。
両者の威信が掛かった、この状況は当然の帰結を生む。
12月9日になって、林真寿美容疑者は本件殺人容疑で逮捕されることになった。
不幸なことに2000年2月には林真寿美一家が住んでいた家が放火にあって全焼して
しまった。
あと知恵で物を書くことはたやすい。
私はあえて、このタイミングで私が抱いている心証をここに示しておきたい。
10年もの歳月、一貫して無実を主張しつづけたことは、無実のひとにしかできない
内心の力を証明しているように思う。だから私は無実だと思う。
一審で黙秘を通したことは、非常に不利で、無期懲役狙いで神妙にしていたと裁判長
に受け取られたと思われる。これが最高裁でも不利に働くことは否めない。
恐らく一審弁護団の中に有罪は免れないとの思い込みがあってのミス指示による失敗
だろう。私も当時は林真寿美が真犯人だと固く信じていたからだ。
夏祭の夜、自治会のメンバーで作ったカレーで園部地区住民の無差別殺人を意図
した犯行ならば、どうしてしもその動機がしっかり説明されていなければならない。
この部分が埋まらない限り犯人特定は難しい。
積み上げられた状況証拠は1700点にのぼるが、決定打はない。
肝心の砒素だが、林家以外の園部地区の家庭にこの毒物が存在しなかったことは
証明されたのだろうか？鑑定者の中立性は担保されたのだろうか？
毒物がカレーに投入された瞬間の目撃はなく、林被告が立ち会っていたのを目撃し
カレー鍋のフタを空けて中身を見ていたという証言は、何の証明にもなっていない。
（入れたかもしれないと思わせるだけの状況説明だ。）
ひとりになった時に、家に帰って砒素を持ってくるくらいなら、最初から犯意が
あるなら、事前に現場に毒物を隠し持ってくるのが普通ではないだろうか。
検察説明ではその場でかっとしてから犯行を思い立ったことになっていたが、その
敵意が園部地区の全員に無差別に向かう心理の説明が、いまひとつ理解できない。
まもなく審判が下る。
裁判の結果がいづれであっても、状況証拠の積み上げで死刑が確定するような国で
あって欲しくない。
（追記) 2009年4月21日、最高裁法定は被告の上告を棄却。被告人の判決訂正申し立ても
5月18日付けで棄却され、林真寿美被告の死刑が確定した。
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最初の保健所、警察の思い込みで4人の命が失われた。指摘された事実は動かない。
